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母が機織るトンカララ

 私が子供の頃、納屋の二階にある機織部屋で母は毎夜遅くまで木製の手織り織機にむかって機を織っていました。昼間は使用人の先頭にたって農作業をし、食事時になると家族や使用人の食事の支度をする。朝はまだ暗いうちに起きて家事をこなす。母が何時寝ているのか不思議なくらいでした。

 母が右手で、ぶら下がっている綱を引くと横糸のオサがカラカラと左右に行ったり来たりする。足でペダルを踏むとクロスした縦糸が上下に動いて間をオサが潜り抜けていく。左手でトントンと締めていく。

 トントンカララ  トンカララ  トントンカララ  トンカララ

 この単純な作業を何時間も母が繰り返す。私は面白くて側で見ているのですがそのうち眠くなって寝てしまいました。母は何時寝たのでしょうか。私を寝室に運んで寝かせてからまた何時間も機を織り続けていたのでしょう。

 母は畑に桑の木を植えて養蚕をし、繭から生糸を紡いで、その糸で絹布を織っていたのです。できた布を晒して草木染めや絞り染めなど色々工夫してやってました。いいものは京都の染物屋に送ってメイセンという反物にしていました。この反物を使って母は着物を何枚も何枚も縫い続けました。大勢いる娘達が嫁にいく時、箪笥を一杯にして持たせるためだったのです。

 繭から生糸をとる時できる副産物の真綿は肌掛けなどの布団にしていました。布団は真綿だけではなく、畑に綿の木を植えて綿をつくって綿打ちに出し、その綿を使って立派な布団を縫っていました。この布団もみんな子供達がいずれ出て行く時に持たせるためのものだったのです。姉達は結婚する時みんな母の布団を持っていきました。勿論私も東京に出てくる時、母の手作りの寝具一式を貰ってきました。母の作った布団は何年経っても天気のいい日に干すと、ふわふわとふくらんでとても気持ちのよい寝心地でした。原材料から製品になるまで全てが心のこもった母の手作りです。まるで母に抱かれて寝ているような不思議な気持ちになりました。

 母は決して頑健ではなくむしろ華奢な身体で七人もの子供を育てて送り出し、父の最期を看取った後は一気に衰えるかと思いましたが、若返ったかと思えるほど元気になって家を守り続けました。今思うと気持ちが張り詰めていたのかもしれません。朝晩仏壇に経をあげ、神棚に祝詞を奉げるのです。みな父が居なくなってから覚えたものです。年をとって長くて難しいお経や祝詞を覚えた暗記力には驚きました。そんなにして母は死ぬまで何を祈り続けたのでしょうか。

 久々に母の様子をみに郷里へ帰った時、誰も居なくなった古い実家で、母が独りでお雛様を飾って呆然と見とれている姿をみて私は涙が後を絶ちませんでした。毎年お節句には独りでそうしていたのです。

 嫁ぎゆきし  子らの幼(ち)さき日  胸に抱き

   老母(はは)は独りで  雛をかざりぬ

 

 父が死んで六年の歳月が流れました。

 母の危篤の報せを受けて、急いで駆けつけました。といっても遠い田舎です。五時間はかかります。もう死に目には会えないかもと半ば諦めていましたが、母は最後の力を振り絞って私を待っていてくれました。到着して母の手をとると、母は安堵の表情をみせて、すぐそのまま静かに消え入るように息を引き取りました。

 私は母のベッドの側にもう一つのベッドを引き寄せて、母に添い寝するような形で横になりました。うとうととする私の耳にあの心地よい音が聞こえてきました。

 トントンカララ トンカララ  トントンカララ トンカララ

 トントンカララ トンカララ  トントンカララ トンカララ

 

 あれから何年経ったでしょうか。

 ・・・今も聞こえる母さんの子守唄・・・

 トントンカララ トンカララ  トントンカララ トンカララ

 

 私は母さんの子供に生まれたことを神に感謝します。

 母さんの子に生まれたことがすごく嬉しい。

 母さんの子供だったからとても幸せです。

 

   母さん私を産んで精一杯育ててくれて有難う。

 

   大きな大きな愛情をたくさん沢山有難う。


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コメント 34

私も最近、両親に対してそう感じています。生まれてきて、産んでくれて、そして親がこの人たちでよかったな、と。
by (2005-09-21 00:31) 

素敵なお母さんだったのですね。
おかあさんが残してくれた布団、あったかいんだろうなぁ・・・。
sasukeさんのお母さんみたいに立派な母とは言えないけれど、わたしも、母の存在はおおきい。わたしも、いつか、娘や息子にそう思ってもらえる存在でありたい・・・。
by (2005-09-21 09:29) 

sasuke

STEALTHさん 早々に読んで頂き有難うございます。父母が亡くなって何年もたつのに、この頃何故か親の愛情が身にしみて色々思い出します。
by sasuke (2005-09-21 13:22) 

sasuke

ふくまみさん 
有難うございます。母が綿の木を植え綿の実をとって種と綿とをローラー(綿繰り機)で分け、綿打ちして作った本物の木綿綿です。母の愛情が一杯でとても暖かいです。母親の子を思う心は凄いもんだとつくづく感じます。世の中の母親の皆さんに敬意を表し、頑張る母さんたちを応援したいですね。
by sasuke (2005-09-21 13:37) 

スペシャルエアー

素敵な短編小説を読ませていただいたようです!
涙が溢れてきちゃいました。
私の母も強くて優しい人で、親孝行しようと思ってもそれ以上に
いろいろかえってきたり、まだまだ心配させちゃったりしてます。
大人になっても親になっても、いつまでも追い越せないですね。
by スペシャルエアー (2005-09-21 22:48) 

sasuke

スペシヤルエアーさん
 暖かいコメント有難うございます。私は父とは色々確執もありましたが、母は何も口に出さないので逆らったりすることもありませんでした。母のすることなすこと全てが「子を思うこと、子の為に」であり、身をもって「生きざま」を教えてくれていたんだと思います。
by sasuke (2005-09-22 10:24) 

先日は暖かいコメントをありがとうございました。
おかげさまで少しずつ体調も回復してきました。
sasukeさんのお母様は私の祖母(明治生まれでした)と年代が近いのでしょうか。
なんとなく母方の祖母とイメージがだぶります。
by (2005-09-22 15:45) 

sasuke

すずめさん
もうよろしいんですか。無理をなさらないで下さいね。あっ何時も有難うございます。母は明治の末の生まれです。すずめさんのお祖母さんと近いんですね。私は七人兄弟の下の方で、母はかなり高齢出産ですね。母乳が出なくて殆どミルクで育てられたそうです。昔の人は大変だったんですね。
by sasuke (2005-09-22 16:25) 

sasuke

さちえさん お読みいただき またNICEを有難うございます。
by sasuke (2005-09-23 12:20) 

まめ

あらためて、母親の存在と愛情について、考えさせられました。
親が元気なうちは、いつまでも今の幸せな状態が続くような錯覚をして、
ついつい甘えて、生意気な口を利いたり、怒らせたりしてしまいます。
でも、そんな子でも、イヤと思わないでいてくれるのが母親なのでしょう。
どんな世代の母親でも、すごいと思います。
by まめ (2005-09-24 10:37) 

sasuke

まめさん 有難うございます。親が元気で居るうちはどんなによくして貰っても当然みたいに考えて、有難さに気付かないんですね。親が居なくなって自分が親になりだんだん年をとってくると、じわじわと身に沁みてきます。子を思わぬ母などいる筈がありません。
by sasuke (2005-09-24 18:46) 

紬

はじめまして。
ふと流れ流れたどり着きました。
織りの音色が身に染みるよに
優しい歌が聞こえてくるようでした。
とても素敵、です。
by (2005-09-25 02:28) 

sasuke

紬さん  よくおいで下さいました。NICEや素敵なコメントを頂戴し感激しています。母は怒ったり愚痴をいったり小言を言ったりしませんでした。もうこの世に居ない母が、トントンカララと今も私に話しかけてくれます。この音は幼い頃から私の耳に、心に刻み込まれた母の優しい心の歌なのです。
by sasuke (2005-09-25 07:39) 

ぱんだぞう

昔の人はそうやってなんでも自分でこしらえていたのですね。
今は、なんでもお金で手に入れてしまいますが、少しでも私の心のこもったものを子供の為に作ってやるのもいいもんだなぁと思いました。
by ぱんだぞう (2005-09-26 13:04) 

sasuke

ばんだぞうさん 有難うございます。今の世は何でも金で手に入るので、心を込めた手作りなどというのは少なくなりますね。味気ない気がします。物、物、ものでだんだん「こころ」が無くなっていくようで寂しいですね。
by sasuke (2005-09-26 14:59) 

U3

 心にしみるよいお話を聞かせて頂きました。ありがとうございます。わたしの母はことし喜寿を迎え健在でおります。ただ父が今年4月に他界してからめっきり老いが目立つ様になりました。いま父には出来なかった親孝行を父の分も一緒に母にしてあげたいと日々実行している次第です。むかしのお母さんはどの家でも一遍の小説が書けるくらいの多くの苦労をした世代です。孝行を出来るのは生きている内とこの頃ひしひしと感じています。
by U3 (2005-09-30 23:59) 

sasuke

ブラウンパパさん 有難うございます。お母様の喜寿をお慶び申し上げます。
親の有難さを生存中には分かっていても何もできず、亡くなって後悔ばかりしています。どうかお母様のお元気なうちに孝行なさいますようお願い致します。
今の若い世代には想像もできないくらい大変な時代を生き、苦労を重ねられたお年寄りの方々を大事にしなくてはいけないと思います。私達の今があるのはその人達の苦労と努力の賜物なんですから・・・
by sasuke (2005-10-01 20:24) 

来るのが遅くなってしまいました。
本当にsasukeさんのご両親の話しは
どの話しもすばらしいです。
お昼休みに仕事先で読んでいて思わず涙がでてきて
しまいました。
すばらしいお父さんにすばらしいお母さんでうらやましい。。。
by (2005-10-13 12:52) 

ハイジ さんからドラマチックバトンを頂いたのですが
気が向いたらでいいので回させてください。
気軽にお願いします。
by (2005-10-13 22:59) 

sasuke

yupaさん 有難うございます。親の生前ろくな親孝行もせず心配ばかりかけたり、自分の不甲斐なさで苦労させたのが今になって責苦となって夢にまでみます。今はもうこうして親のことを思い出し書くことしか為すすべがありません。後悔の記録みたいなもんですね。悲しいです。
by sasuke (2005-10-14 11:10) 

テラ

はじめまして。
あまりに良い話で、目頭が熱くなりました。お母様は家族全員を、そして、sasuke さんのことを、とても大切に想っていた素晴らしい方ですね。
僕もスッと母を思い出しました。
うちの母はまだ健在ですが、毎日、仏壇に手を合わせ、お経もたまに読みます。たまに帰ると嬉しそうに多くの料理を作り、そして多くは語らず、同じように体調を気遣う言葉をくれます。
僕も母が自分の母であったことを感謝しています。何をしたら親孝行か、いつも考えております。
by テラ (2005-10-15 08:32) 

sasuke

テラさん  niceや暖かいコメントを頂き感謝いたします。親が子を思う気持ちは古今東西変わらぬものだと思います。この年になつて改めて親のことを思い出しては胸が熱くなります。今ならあれもしてやろう、これもしてやろうと思いますが既にこの世に居なくて何も叶いません。どうかお母上のご健在なうちに親孝行なさいますようお勧めいたします。
by sasuke (2005-10-15 09:05) 

このステキな話しを少しでも他の人にも
知って頂きたいなぁ~って思ってトラックバックさせていただきました。
by (2005-10-15 11:17) 

sasuke

Yupaさん ありがとうございます。心より感謝いたします。
by sasuke (2005-10-15 12:03) 

Baldhead1010

Yupaさんところから来ました。
私の父は85才で、今は認知症で病院です。
母は81才で今は一人で私たちが食べる分ぐらいの畑の世話をしてくれていますが、目も足も心許なくなっています。
幸いなことに、家の灯りが点いたのか分かるほど近いところにいますが、いづれ別れるときがくるでしょう。
生きているうちは、せめてなんとか孝行をと思いますが、いくら年取っても甘えてばかりです。
親孝行したいときには、親はなし・・・この諺、よく分かっているのですが・・・。
by Baldhead1010 (2005-10-15 15:00) 

momo-73

Yupaさん経由でまいりました。
母の深い愛情、母を想うsasukeさんの愛情が美しくて涙が出ました。
ありがとうございます。
by momo-73 (2005-10-16 16:40) 

sasuke

★Baldhead1010さん 御両親揃ってご長寿よろしいですね。お母上ご健在でなによりです。お近くに居られるので安心なさっているでしょう。私は遠く離れてしまってろくに声も掛けてやれませんでした。どうかご両親をお大事になさいますよう。
by sasuke (2005-10-16 17:23) 

sasuke

ももんちさん 有難うございます。生きているうちに優しい言葉をかけてやることもなかなかできなくて残念です。今仏壇に手をあわせ語りかけています。
by sasuke (2005-10-16 17:28) 

ziziblog

Yupaさんからまいりました。
子供二人は今年社会人になりました。私は子供たちに何ができたのだろうか? そして母に? このお母様ありて、このsasuke さんありですね。お母様もきっとお喜びです。心乱れてうまく書けません、お許し下さい。
by ziziblog (2005-10-17 06:16) 

sasuke

ziziさん  有難うございます。母親の愛情というのは、無欲とか滅私とかそんな言葉で表現できないもの、自然にそうする、そうしてしまう、そうなってしまうといったものですね。自分が子供に対してとなると、私は男ですからどちらかというと父親のタイプになってしまいます。父の影響が大きいのかもしれません。それはそれで子を思う気持ちに変わりは無いのですが、ストレートな形で行動できないので理解して貰うのに時間がかかるんですね。
by sasuke (2005-10-17 11:15) 

おはようございます。
”ストレートな形で行動できないので理解して貰うのに時間がかかるんですね。”
なるほど です。子供達と昨日軽くテニスをしたのですがつい教えてしまい楽しく遊んでやる事のできない自分を思い出してしまいました。
by (2005-10-17 12:59) 

momo-3

Yupaさんのブログからまいりました。
はじめまして。
最後の言葉に感動して涙が止まりません。

>母さん私を産んで精一杯育ててくれて有難う。

私も強く思います。
今もこれからも、母に感謝し続けていきます。
by momo-3 (2005-10-17 13:49) 

sasuke

★Yupaさん お子さんとテニスなさるなんていいじゃないですか。やはり教えちゃいますね。もどかしいというか期待どおりにできないと、ついつい・・・ですね。最近は怒らないよう努めてますが、つい無口になったり態度に出ちゃうんですよ。だから「もういいよ」なんて逃げられたり・・・「なんだ、こいつ可愛くないな」なんてなっちゃうんです。
by sasuke (2005-10-17 17:06) 

sasuke

★momo3さん はじめまして。 有難うございます。Yupaさんのお陰で゛皆さんに来て頂き感激しています。
 子供の頃は、いや若い頃は親の心子知らずで親不孝ばかりしてきましたが、年を取るにつれだんだんこんな心境になってきました。心配や苦労ばかりさせたので、その分余計に思いがつのります。
by sasuke (2005-10-17 17:16) 

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